2007年07月27日

長嶋監督解任事件の真相が明かされた

 以前、ミスタープロ野球、長嶋茂雄さんが、アテネ五輪本番の5ヶ月前に「心原性脳梗塞」に倒れ、生死をさまよい、リハビリで右足は80%回復していることを書きました。今回は、私たちが、いままで気になっていた監督解任劇の真相を、日経新聞「私の履歴書」の中で語ってくれました。やはり、多くの方々の推測通り、青天の霹靂の人事だったようです。

 解任された年は、いままでのV9戦士から若手への代替わりの年で、松本、篠塚、中畑、山倉ら若手を実践で使って経験を積ませるときであったのです。期待の若手も、初のレギュラーの座に持てる力を十分発揮できずミスを連発し、批判の矛先は長嶋監督に容赦なく向けられたのでした。正力亨オーナーもAクラスならば、監督を辞任しなくてもすむことを明言されていたそうです。しかし、シーズン終了後、優勝を3年逃したことを理由に解任となったわけです。

 長嶋監督は、若手の成長には、3年ぐらいかかるとみて、新しいV9戦士の育成のため鍛えなおそうと計画をねっていました。それが、伝説となっている伊東キャンプなのでした。投手では、西本、江川、角、藤城、赤嶺、鹿取、野手では、山本功、河埜、中畑、淡口、笠間、平田、中井、中司、松本、篠塚、山倉、二宮の計18名を鍛えたのでした。その結果、そのメンバーの中で60%以上が、成長してレギュラーを獲得したのでした。

 解任と年の秋ごろには、若手の活躍が目立つようになり、さあ来年は優勝も手が届くと考えていたそうです。皮肉にも、後を引き継いだ藤田監督は、連続優勝を重ねて、名将と呼ばれたりしていたものでした。エンジニアの育成にもやはり似たようなことがいえます。ある程度一人前になるのに、早くて3〜6年の育成期間が必要です。ほとんどの企業のマネージャーの評価も単年主義が一般的だと思います。そろそろ、マネージメントのモチベーション向上策として、人材育成枠を設けて、例え部門が異動しても3〜6年スパンを評価する企業は現れないでしょうか。


メインリンク:
<ぷろえんじにあHP>
 http://www.proengineer-institute.com/
<TRIZとともに13年 プロエンジニア>
 http://www.ne.jp/asahi/proengineer/skasuya/


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